丸襤褸の徒然空間

アクセスカウンタ

zoom RSS 想いの強さ・速さ

<<   作成日時 : 2008/03/10 00:16   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
ALD、副腎白質ジストロフィーという病気をご存じでしょうか。

あまり耳に馴染みのない病気だが、遺伝子の難病で、その発病の多くが5歳くらいからの男の子で、発病すると様々な神経機能を侵され二、三年で死亡に至って“いた”超難病なのだそうだ。

この病気の特殊性ゆえか治療研究なども“遅々”として進まない時代もあったようだ。

……………

『ロレンツォのオイル〜命の詩〜』(1992)
という映画がある。

ALDを発症したの息子ロレンツォ君の両親や家族の闘いを描いた実話を基にした映画だ。

ロレンツォはALDを発病、当時(20年ほど前)効果的治療方法もないまま余命二年を告げられる。
その病気の特殊性から医学研究も遅々として進まず、ただ死を待つ日々。
それならばと、両親は自分たちで図書館で膨大な書物、文献を調べ研究していく。
それは執念か。
親の愛の物凄さに圧倒されずにはいられない。
何の医学的知識もない一般人である両親が、誰のためでもなく“唯一人我が息子ロレンツォのために”その全身全霊を注ぎついには後に『ロレンツォのオイル』と呼ばれる効果的新薬の開発に成功する。
(余談だが、母親役のスーザン・サランドンの演技とは思えぬほどの鬼気迫る姿に身震いさえ覚えた。父親役のニック・ノルティもこんなに演技上手かったの?と驚いた)

必見の映画ですのでまだのかたはどうかご覧になってみてください。


この映画で感じたのは“お涙ちょーだい”ではなく“想いの強さと速さ”。

医学者やボランティアたちも“想い”は当然あるだろう。
しかし“当事者”にとっての“気持ち、想い”はそれを何倍も上回る。

十年、二十年とゆるやかに継続する想いもあればまさに“今”でなければならない、急ぐ想いも当然ある。

ひとの想いに寄り添うことを使命としたときにその想いの強さと速さに伴走したいと願う。

特別、こうした病気に限ったことではない。

身近にたくさんある。

夕張市のことを他人事だと感じるひとは少ないだろう。
しかし自分の“ことのように”感じるひとはいてもやはりどこか他人事なのである。
自分にふりかからないと“急がない!”

ゆっくり建て直せばと言ってるあいだに老人たち弱者は孤独に死に、プールは崩壊するのである。


『自分にできることをする』
ボランティアや市民活動をしていてよく聞くフレーズだ。
しかしこれには付随した言葉があると感じる。

『(相手の望む事、量を)自分のこととしてできることをする』。

暴論かもしれないがボランティアや市民活動は帰結は“自分のため”で“他人のため”ではないのだから。
だから“当事者の気持ち、想いの強さと速さ”とは違ってくる。

真の伴走者たらんと欲す。伴走者は先導せず当然遅れてもいけない。
伴走者は自分であってはいけない。
まして途中で伴走を止めてはいけない。


急がねばならぬ人と共に走ることもある。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
想いの強さ・速さ 丸襤褸の徒然空間/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる